雨が降れば、雨粒のピアスを。
ナノハナが咲けば、ナノハナのネックレスを。
星空に魅せられて、星空のブローチを。
屋久島のリズムの中で、ジュエリーをつくっています。

 

中 村 圭 K e i  N a k a m u ra
ジュエリー作家/屋久島在住

中村圭
屋久島在住、ジュエリー作家。
屋久島で出会った日々の感動を、ジュエリーに、写真に、言葉に変えて表現しています。

20代の頃は波乗りと石が大好きで、波と石のある場所を目指して世界を旅していました。

ちょうど2000年頃に出会った画家の妻(高田裕子)の影響も多くあり、本気で装飾品を作る職人として腕を磨いてゆこうと決意。

大好きだったインディアンジュエリーのカジュアルさや日常使いできる軽やかさをそのままに、そのクオリティーをハイジュエリーへと昇華することはできないだろうか。
そのような興味から僕のジュエリー作りの全てが始まりました。

2009年、屋久島に移住。自然を感じながらジュエリーを作ることを選び、
屋久島にアトリエを構え海と制作を中心としたライフスタイルを送っています。

2012年、より広い分かち合いを求めるため、しずくギャラリー設立。ウィークデイは制作、週末はギャラリーというライフスタイルが始まる。

2014年にはマリッジリングのカスタムオーダーによる制作をスタートさせ、新しい生活を始める皆さまに幸せを分けて頂きながらジュエリー作ってます。

マリッジリングについて→屋久島で作る結婚指輪
関連記事→tumblrさんに紹介頂きました

biography

大阪出身。
2004 KEI NAKAMURA JEWELLERY展 心斎橋gallery TK art
2005 KEI NAKAMURA JEWELLERY展 心斎橋gallery TK art
2006 KEI NAKAMURA JEWELLERY展 心斎橋gallery TK art
2007 KEI NAKAMURA JEWELLERY展 心斎橋gallery TK art
2008 KEI NAKAMURA JEWELLERY展 心斎橋gallery TK art
2009 海とジュエリーにまつわるライフスタイルを日常とするため、屋久島に移住
2010 KEI NAKAMURA JEWELLERY展 ノマドカフェ 
2011 KEI NAKAMURA JEWELLERY展 屋久島ふるさと市場   
  屋久島の季節を彩る12ヶ月の花をモチーフにしたジュエリー“12flowers”を発表。
2011 NEW JEWELRY クラスカ
2012 屋久島に初となるアートギャラリー、しずくギャラリーをオープン    
2013 KEI NAKAMURA JEWELLERY展 しずくギャラリー   
  屋久島産の天然素材である夜光貝を使ったジュエリーを発表。 
2014 オーダーメイドジュエリーのプランを発表。  
   マリッジリングやカスタムオーダーなど、全て中村圭の手作業による制作がスタート。

 

 

高 田 裕 子
Y u k o  T a k a d a
画家/屋久島在住

1977年、福井県生まれ。
大阪教育大学教養学科芸術専攻美術コース卒業。
2001年より画家として活動し、2009年に屋久島へ移住。
屋久島の森をモチーフに、自身のイメージと組み合わせた絵画制作をはじめる。
2010年、第14回新生展新生賞受賞。
2011年、屋久島伝承蔵(本坊酒造株式会社)“水ノ森”のラベルに起用される。
2012年、屋久島(平内)に「しずくギャラリー」設立。
2015年、絵本“水の森”(アノニマ・スタジオ)出版。
毎年各地で個展を開催し、新作を発表している。

レタスクラブ、NHKウィークリーステラ、OZmagazine、日経新聞、
アートトップ、南日本新聞、屋久島移住ブック、屋久島ブック等に作品掲載。
テレビ西日本“美の鼓動”、MBCテレビ“どーんと鹿児島”に出演。

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屋久島の森のなかで、
数千年を生きる屋久杉から足下を覆う無数の苔まで、
あらゆるいきものたちのなかに混じると、
私という存在があまりにちっぽけで、
人生はあっという間なのだと思い知らされるようで、
けれどだからこそ、生きよう、と強く思います。
それぞれ数千年の、数十年の、数日の、この限られた命を、ただ生きよう、と。

それぞれの命を、その美しい違いを、そのあまりにも遥かな多様性を、
そしてその全てで生きる森というひとつの存在を、
できるだけ丁寧に描きたいと願ってやみません。

そうして日々描いていくなかで、
この屋久島からたくさんのとても大切なものを受け取っているように感じています。
言葉にすると壊れてしまいそうなその何かを、
描いたものから、かけらでも伝わればなにより幸せです。

ここからもらっているものを、
それを必要として下さるたくさんの方々と分かち合えたら、
私にとっても屋久島になにかを返すことができるような気がしています。